人格で仕事をする
こんな話があり。ああ、あるな、と。
こっちは人として話したいんだけど、変な看板を首から下げてそれを盾とか矛にしている人…
急に「必殺・自己開示」をして、そんな自分に酔う人が人がつくる、深いところでしらけた場の感じ…
そうやって人の自己開示を誘発しようとする作為的な感じ…
これらはポジションとテクニックで仕事してるから起こることだなと思って。
…
【人格で仕事をしたいね】と。
肩書き、立場、役割、技術、知識や経験は、人格の肥やしであったのだから、それらは全て控え室に置いておくこと。
そして、現場に立ったなら、今ここにいる、ありのままの私でいること。
その私に聞こえる声、現れようとするものを感じるアンテナとしてそこに在る、それを勇気と誠実さをもって表現すること、なのかな、とかとか。
そういうお話ができる仲間が近くにいるのは、うれしいな。
赤紫蘇の花降る日
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