反町、公務員やめてホストになるってよ。
「いつかだれかが」ではなく「今あなたと私で」
おたがいさまとおもいやりの循環
を実感できる顔が見えるローカル
もし私たちが、花とハチのように、それぞれが好き放題やりながらも、お互いが近くにいないと生きていけないほどに助け合って、共に生きられる社会になれたならば。
短い視野での見返りを求めずに、ギブアンドギブ(恩送り)の精神で、おもいやりが循環し、そして、それが手触り感をもって実感できるような顔の見える関係になれたならば。
きっと、そこでの私たちの日々の暮らしは、ありのままの個性が肯定される解放感、一緒にいられて安心できるつながり、常に新しいものが生まれるスリリングな予感が漂っています。
さあ、カラフルでやさしい世界に耳を澄ませよう!
■「本音でたいせつなことを話す場づくり」を群馬ローカルの文化にしたい
この4年間で、多いときは150名以上の方が参加する場を200本近くやってきた中で、思い至ったのは、参加できる余白があることは、本当に豊かなことだということです。
私は対話の場の中で、感動するような出来事を何度も目撃してきました。人と人が自発的に、深いところでつながり、枠組みを超えた変化を生み出すこと。ひとりでは圧倒的で無力感しか感じられない状況の中で、知恵を持ち寄り希望を見いだすこと。排除されていた人があたたかい人間関係の中に包まれるということ。フタをしていた魂が息を吹き返すような瞬間。「ああ、これは、人生をかける価値がある、本当に意味のある仕事だ」と、思いました。
また、私が本当にすてきだと思える対話の場に大切なのは「ホスト」であり「参加型リーダーシップ」なのだということが年々腑に落ちています。これはまだ世間的に一般的とはいえない言葉ですが、その中には「1人のボスやヒーローにまかせておかないで、私たちひとりひとりが参加して望む変化を一緒に手づくりしていこうよ!」という、マジなメッセージが込められています。
■複雑で、不確実な時代
色々なところで言われていますが、今の社会って、行き先がわからず不安になりやすい状況にあるようなんです。
不信感:ITの発達で情報が多すぎて、何を信じていいやら。
分断:グローバルにつながっているのに、隣人の顔がみえない。
複雑:環境問題 社会格差・・因果関係が見えづらい
めまぐるしい変化:昨日のあたりまえは、今日の非常識。明日はどうなる?
モデルの喪失:みんなが同じようにモノを大量に消費しても、幸せ?
■ボスやヒーローまかせだと困るワケ
私たちが困っている時にキラーンとスーパースターが登場します。
・ヒーロー待ちの社会
「早くなんとかしてもらわないと困ります。」(依存)
「私には関係ありません。」(無関心)
「どうせ私じゃ無理なんでー」(無力感)
これまでの時代のように、決まった答えがある時や問題がシンプルな時は「誰かに答えを教えてもらう」「正しいやり方を指示をする」のは合理的です。また、ヒーロー的な関わり方は、夢を見させてくれるので、もちろんあってもよいです。
しかし、そればかりだと、長い目で見た時に、困ったことになります。決まった答えのない複雑な課題について皆の知恵を持ち寄りたいときの助け合える人々のつながりや、個々の力を奪っていくことにもなりかねないのです。
・他人ごとの社会
■自分ごとにするためにはプロセスへの参加が必要
私たちが、ヒーロー任せにせず、その場所や関係を「自分のもの」として、より大切にしやすくするためにはどうしたらいいでのしょうか?
■みなが参加できる「スペース」をつくろう
「じゃ参加しましょう」と言って、すぐできたらいいのですが、私が知る限りは、そう簡単にはいきません。参加のためには、そのための余白が必要です。
では、余白とはなんでしょうか。もしそれがハードや制度の整備でできるなら、もうとっくにできているはずです。公民館や会議室、補助金はたくさんあるので。
■スペースをつくるのはハコモノや制度ではなく、ひと(=ホスト)
そのような場をつくるのは、「ホスト」という、人のスキルだと、4年ほど前に知りました。それは、歌舞伎町の、じゃないんです。
・ひとりひとりの個性を尊重し、ありのままの自然体で迎え入れるために、自他の「人としての器」を育む。
・答えを示すのではなく、人と人が共存共栄できるような関わり方と、心のあり方、ものの見方は何だろうかと、皆に問いかけることで共に探っていく。
・1人では解決できそうもない複雑な課題に対して、皆の視点と知恵を持ち寄り、ともに試行錯誤をするよう呼びかける。
・一人ひとりが自分の意思で出番と役割を持つことができるよう働きかけをする(出番と役割を与えるものではないと言うのがポイントです)
これらを通じて、民主的に変化をおこすプロセスを支えます。このような技のことを、ホスティングと呼ぶことも知りました。茶道や武道、マーシャルアーツと同じように、ホスティング道(ホスティングのアート)があると。
■2014年2月関東地方の豪雪の日のこと
一方で、別の現場は、もっと複雑でした。昨日をかいた雪のあとが凍って今日はアイスバーンになったり、物理的な制約で歩道と車道のどちらかを犠牲にしなくてはいけなくなったり、それ以外の業務も多忙であったりと、「あっちを立たせるとこっちが立たない」「決まった答えがない」という状況でした。
そこには、ある聡明な女性が2人いました。彼女たちは「みんな、どうやってやったらいいか一緒に考えない?」と呼びかけました。全員ではありませんが、それに応じた人による話し合いが生まれ、ざっくりした計画と、基本的なルールだけが決まりました。自分なりのやり方で貢献する。わざわざ一斉に休憩時間とはせず、みんな代わりがわりで休憩する。「雪かきしない人は、だめ」は言わないことにする。お菓子は用意しといたんでどーぞ。
そして、作業が始まると、マッチョな兄さんが「ここは俺に任せろ!」と言わんばかりに、硬い金属のスコップでアイスバーンを壊しますが、そのままリーダーには居座りません。そのスコップも兄さんも、砕いた雪を運ぶのにはどうも向いていないからです。そこで、別の頼りになるお姉さんたちが一歩前に出て、プラスチック製の軽い幅広のスコップでそれらをどかしていきます。疲れたときは、世話好きのおばさんがお茶を入れてくれます。
途中で、「ちょっと、あんた誰に許可とってやってんのよ!」と、文句を言う人が外からきました。その時は、体は弱いですが、消防なんとか規則について詳しい人の登場です。結局、雪かきをしなかった人もいますが、そうぜざるを得ないほどの別の作業がありました。彼を無理やり雪かきに出したとしたら、その損失は大きかったでしょう。最後は、やっぱり宴会部長もいます。人々の協力プレーを労って、お祝いする技があるのです。
それぞれのメンバーは、誰から言われるでもなく勝手につながっていきました(自己組織化)。
また、コミュニティとして出した力は、個々の単純な足し算を超えていました。「1+1=2+α」のアルファがずいぶんと大きかったということです。これを創発というそうです。
■ホストが増えれば、参加型リーダーシップはより発揮されやすい
私が雪かきの時に見た登場人物は、みながそれぞれのやり方でリーダーシップを発揮しています。休憩をするときにお茶を出す人は、皆を癒すという目的に貢献する、その時のリーダーなのです。複雑に状況が刻々と変わりゆく中で、「私が、これをするよん」と名乗り出て、それぞれが、その時に応じて入れ替わりながらリーダーとなり、自分らしく貢献をできるコミュニティ。こういった状態にあるコミュニティのことを「参加型リーダーシップが発揮されている」といいます。
そのように参加型リーダーシップが機能するための器をつくるのがホストです。「みんなで考えてみない?」と呼びかけをして、話し合いの場に招き入れます。
また、ホストの仕方も人それぞれです。「で結局したいの?したくないの?」と積極的につんつんする人もいれば、私のように「うん。大丈夫だよ。ゆっくりね」と受容的なスタイルの人もいて、補い合うことで機能します。おわりなき、ホスティング道。
■参加型リーダーシップを地域の中ではぐくみたい
■お会いできるのを楽しみにしています!
一緒に暮らしたり働いたりできるように、
本当に大切なことについて
腹を割って話せる場をつくろうよ!」
「欲しいものは自分たちで想像して、
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