企業を自然の一部だと捉えることで、何が起こるのでしょうか。


AoHNagaraのトピックと関連する備忘メモです。この問いはもっておきたいなと。

ピーターセンゲ氏の講演録から。このむつかしい言葉で意味されているものを、どうやって実践ベースに落とし込むか…現場の実務とつなげるか…そもそも聞く耳をもってもらうか。

そんなチャレンジをしたいなあと思うのでした。


…以下引用

>Dance of Change

企業を自然の一部だと捉えることで、何が起こるのでしょうか。

リーダーシップと変化に対する考え方が根本的に変化します。機械的なレンズを通せば、リーダーとは、正式なチェンジ・プログラムを通じて変化を推進する人たちのことです。生命システムのレンズを通せば、リーダーは、ただ何かを「変える」のではなく、あたかも何かを育てるように、変化に取り組むことになります。

大きなスケールにおいても、自然は機械的にものごとを変えたりはしません。古いものをただ取り除き、新しいものと取り替えたりはしないのです。新しいものが成長し、次第に古いものに置き換わっていきます。

自然を見てみると、大きく始まるものは何もないことに気付きます。始まりはいつも小さいのです。成長を起こさせる「責任者」はいません。その代わり、成長は多様な力の相互作用の結果として起きるのです。

新しい定義は、「私たちが成立させる相互依存性のパターン」です。企業ではなく、家族内の関係を考えてみてください。それぞれの人は予測できる方法で互いに影響し合います。これが、規範や期待、暗黙のコミュニケーションの習慣…。

それらのパターンは固定されておらず、変化するものです。

そして、それらのパターンは(外部から)与えられるのではありません。究極的には、家族の中で機能する構造は、私たちがそれまでに行った選択の結果だからです。私たちが家族(という相互依存性のパターン)を成立させているのです。

これはすべて、私たちのリーダーシップに対する考え方と、そして特に「CEO = ヒーロー」の崇拝にも直接当てはまります。実際のところ、このカルト的崇拝は、私たちが変化を避ける組織を維持しがちになる1つのパターンです。

CEO = ヒーローとする行動パターンを私たちが成立させると、組織が幼児化することになります。このタイプの行動は、組織のCEO以外の全員を、変化を生み出せる自分自身の可能性を受け容れられない成長段階に留めてしまうのです。さらにこれは、エグゼクティブによる重要な変革を生み出すための本質的貢献をも妨げてしまいます。ヒーローCEOというカルト的崇拝が生み出すものは、もっと多くのヒーローCEOに対するニーズだけなのです。

私たちは、「エグゼクティブ」を指して「リーダー」という言葉を使います。つまり、リーダーとはトップにいる人間のことです。その定義が意味するのは、リーダーシップとは地位やポジションのことだというこ…(そのように)定義することは、組織の他の全員がリーダーとなる得る機会を完全に否定することになります。

もしもリアルに、重要かつ持続可能な変化を望むならば、能力に優れて高いコミットメントを持った「現場のラインマネージャー」が必要だということでした。デザイン、生産、販売など価値を生み出すプロセスの中心人物、そして実際にサービスを提供して、顧客と話す人たちを見つけることです。(彼ら)がイノベーションを起こさなければ、組織にイノベーションは起こり得ないのです。

次に気付いたことは、先頭を切る変革の動きが、次の取り組みへとつながっていく組織があることです。オリジナルのグループが、次のグループを生み出し、次第に新しいやり方が組織中に広まったのでした。どうしてこのようなことが起こったのでしょうか。私たちは、その「種を運んだ」人たちを探しあてました。その人たちは、組織内のネットワーカーで、人々がどうすれば互いに話し合うことができるか、そしてどうすればインフォーマルなコミュニケーションを築くことが出来るかを知っていました。

そして、この人たちが実際に「実践のコミュニティー」を生み出していたのです。

この洞察から、私たちは「リーダーシップ」の定義をつくりました。私にとって、この言葉のもっともシンプルな定義は「変化を生み出せる能力」です。「かつてはそういう風にしていましたが、今はこういうふうにやっています」といった感じの変化です。

それから、私たちは企業の内部で見たことを使い、3つのリーダーシップ・コミュニティーを確認しました。

・現場のラインリーダー

・内部のネットワーカーやコミュニティーの立ち上げ人

・エグゼクティブ・リーダーです。

重大な変化が起こるには、この3つのコミュニティーの相互作用が必要です。それぞれのコミュニティーは互いに代わりが効かないパーツとなり、必要なひとつなぎのセットになっているのです。


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ご覧いただきありがとうございます。反町キヲイチロウのブログです。群馬ローカルのママチャリで行ける範囲で、参加型の場づくりを練習しています。

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